現代を知るために歴史をみてみる

00 はじめに『但馬国司文書 但馬故事記』

「国司文書・但馬故事記・別記」の訳註書「古事大観録」「但馬神社系譜伝」「但馬郷名記抄」「世継記・秘鍵抄ほか」コピーを同じく但馬史や神社に興味を持たれている知人からいただいた。 郷土但馬の成り立ち、神社の由来・縁起を知る手がかりとして、桜井勉『校捕但馬考』などから拾っていたが、どうしても『但馬故事記-但馬国司文書』が読みたくなった。但馬文教府にあると聞いたので行ってみると、閉館していたので、豊岡市図 […]

01 但馬故事記序

第53代淳和天皇のとき、国司の解状を郡司に下して、その郡の旧記を進ぜさせる。 朝来あさこの小領(*1)  従八位下 和田山守部臣わだやまのもりべのおみ 養父やぶの大領(*1)  従八位上 荒島宿祢利実あらしまのすくねとしみ 出石いずしの大領   正八位上 小野朝臣吉麿おののあそんよしまろ 城崎きのさきの大領    〃   佐伯直弘麿さえきのあたえひろまろ 美含みくみの大領   正八位下 佐自努公近 […]

1-1 第一巻上 気多郡故事記 現代語版

アメノホアカリ(天照国照彦天火明命)は、オオナムチ(国造大己貴命)の命令によって、 ナミツキノアメノモノノベ(両槻天物部命)の子であるサクツヒコ(佐久津彦命)に佐々原を開かせた。 (これ以前にアメノホアカリ(天照国照彦天火明命)は、オオナムチ(国造大己貴命)の命令によって、まずタニワ(田庭・丹波)に降りて、但馬へは小田井に入って小田井を開き、次に佐々原を開かせている。) サクツヒコは、篠生原に井戸 […]

1-2 第一巻上 気多郡故事記「上の2神功皇后から」 現代語版

(前回までの簡単なあらすじ) アメノホアカリが丹波に降りて、丹波を開いてのち但馬にやって来て、但馬ナミツキ(両槻天物部命)の子サクツヒコに佐々原を開かせた。 第十代崇神天皇のころ、丹波のクガミミやツチグモが但馬のツチグモを加え日本海岸で暴れ、四道将軍タンバミチヌシの子ヒコイマスが但馬の将兵とともにやっつけた。 ヒコイマスに、タンバ・タジマ・フタカタ三国を与えられた。 第12代景行天皇のころ、ヤマト […]

1-3 第一巻下 気多郡故事記 現代語版

第40代天武天皇4年(675)2月乙亥朔キノトイ サク、 但馬国等の十二国に勅して曰わく、 「国内の百姓オホムタカラのなかより、よく歌う男女および侏儒ヒキト(*1)・伎人ワザト(*2)を撰んで貢上タテマツれ」と。 同年、兵政司ツワモノノツカサ(*3)を置き、諸国の軍団を管轄し、天皇の子孫、栗隈王クリクマノオオキミを長官とし、大伴御行オオトモノミユキを副とする。 8年(679) 親王は諸臣に兵馬を貯 […]

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