八幡神について

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八幡神とは?

ちなみに、同じく武神である八幡神(はちまんしん、やはたのかみ、やわたのかみ)は、日本独自で信仰される神です。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)とも言います。

八幡神を祀る神社は八幡神社(八幡社・八幡宮・若宮神社)と呼ばれ、その数は1万社とも2万社とも言われ、稲荷神社に次いで全国2位です。一方、岡田荘司氏らによれば、祭神で全国の神社を分類すれば、八幡信仰に分類される神社は、全国1位(7817社)であるといいます。

祭神は、現在では、応神天皇を主神として、神功皇后、比売神(ひめのかみ)を合わせて八幡神(八幡三神)ともしています。神功皇后は応神天皇の母親であり、親子神(母子神)信仰に基づくものだといわれます。比売神(ひめのかみ)[*1]は八幡神の妃神と説明されることも多いですが、その出自はよく分かっていないそうです。 八幡神社の総本社は大分県宇佐市の宇佐神宮(宇佐八幡宮)です。元々は宇佐地方一円にいた大神氏の氏神であったと考えられています。農耕神あるいは海の神とされますが、柳田國男氏は鍛冶(かじ)の神ではないかと考察しています。

宇佐神宮は全国の八幡神社の総本社で八幡大神を祭っている。周辺の神社がほとんどスサノオやオオトシを祭っているのにその中心にある神社が別の人物を祭っているのはどうも解せない。八幡大神はスサノオのことであると考えられる。宇佐の地は瀬戸内から九州への足がかりとなりうる地であり,スサノオ一族はこの地を拠点にして北九州地方を統一したものと考えられる。 諏訪の八剣神社を始め方々の神社にスサノオの別称であると記されている。  東大寺の大仏を建造中の天平勝宝元年(749年)、宇佐八幡の禰宜の尼が上京して八幡神が大仏建造に協力しようと託宣したと伝えたと記録にあり、早くから仏教と習合していたことがわかります。天応元年(781年)には仏教保護の神として八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の神号が与えられました。これにより、全国の寺の守護神として八幡神が勧請されるようになり、八幡神が全国に広まることとなりました。後に、本地垂迹においては阿弥陀如来が八幡神の本地仏とされました。

また、応神天皇が八幡神であるとされていることから皇室の祖神ともされ、皇室から分かれた源氏も八幡神を氏神としました。源頼義は、河内国壷井(大阪府羽曳野市壷井)に勧請し、壷井八幡宮を河内源氏の氏神とし、その子の源義家は石清水八幡宮で元服したことから、八幡太郎義家と呼ばれました。

源頼朝が鎌倉幕府を開くと、八幡神を鎌倉へ迎えて鶴岡八幡宮とし、御家人たちも武家の主護神として自分の領内に勧請しました。それ以降も、武神として多くの武将が崇敬しました。

とくに関東・東北地方に多く、兵主神とは対照的に関西では多くありません。
-出典: 「古代日本の歴史」「日本の古代」放送大学客員教授・東京大学教授 佐藤 信
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2009/08/28