第3章 1.まず矛と槍の違いを知ろう

第3章 1.まず矛と槍の違いを知ろう

本題に入る前に、まず初歩的なほこやりの違いを知っておきたい。

『古事記』では「天之日矛」、『日本書紀』では「天日槍」、他文献では「日桙」と記されている場合もあるが、どれも読み方は「アメノヒボコ」である。最初に断っておくが、よく古代の人名地名や特に神様の名前(神号)などは、漢字で書くと記紀等に様々な表示があり、記紀や他文献でヒボコにどの漢字が用いられていたとしてもどれが正解というものでもない。また読みづらいのでカタカナで表記される事が多い。ここでも以下は「アメノヒボコ」「略してヒボコ」とする。

また『古事記』では「天之日矛」、『日本書紀』では天日槍と記している。『古事記』は和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上された。『日本書紀』は養老4年(720年)に完成した。記紀の違いについては調べていただくとして、『古事記』は槍(ヤリ)を日槍(ヒボコ)と読ませている。

といいつつ、せっかくなので、矛(ホコ)と槍(ヤリ)の違いを知っておこう。

1.青銅製武器の種類 矛(ほこ)と槍(やり)の違い

日本と中国において矛と槍の区別が見られ、他の地域では槍の一形態として扱われる。考古学的には、矛(ホコ)・槍(ヤリ)・戈(クヮ)に区別される。

弥生時代の遺物としては、矛が多数出土しているが、槍はほとんど出土していない。福岡県前原市三雲から弥生後期とみられる石棺から出土した鉄の槍がみられる程度だ。

左が槍、中央は銅鐸、右が矛(荒神谷博物館 島根県出雲市斐川町 にて拙者撮影)

2.矛と槍の形状の違い

矛と槍は、槍や薙刀なぎなたの前身となった両刃の剣形の穂に、長い柄を付けた武器で、敵を突き刺すのに用いる。矛は先端が丸みを帯び鈍角の物が多いのに対し、槍は刃が直線的で先端が鋭角である。矛は日本では「鉾」や「桙」の字も使用されるが、ここでは矛の字で統一して記述する。

矛は金属の穂の下部に中空の袋部があり、そこに枝の木を差し込むもの。それに対し、槍は金属の羽の部分に木に差し込む部分(なかご)がついており、それを枝の木に差し込んで装着するものをさす。

余談だが、かまぼこ(蒲鉾)は板の上に白身魚のすり身にでんぷんなど副原料を加えて練ったものを盛り付けたものだなのに、なんで鉾なんだとと疑問に思う。これは古くは材料を竹の棒に筒状に巻いて作っていたからである。のちに板の上に成形した「板蒲鉾」が登場し、区別のために「竹輪蒲鉾」と呼び分けていたが、竹を抜き去った竹輪が一般的になる。今でも棒付きのままで売られる竹輪こそ蒲鉾の原型である。

3.装着方法

つまり、矛と槍は装着方法に違いがある。枝を金属の方に差し込むのが矛、金属を枝の方に差し込むのが槍である。
また、戈(クヮ)は、鳶口とびぐちの形のように、穂と直角に近い形で枝をつけるものをいう。農機具として平たい刃になったものが現在でも利用される鍬である。戈は槍と同じく、茎を枝の木に差し込んで装着する。

4.剣と刀の違い

つるぎかたなの違いは、剣が両刃、刀が片刃であること。長い刀を大刀、短刀を刀子(長さ30cm以下)として使い分けている。奈良時代の頃までの刀は直刀で、湾曲した日本刀になるのは平安時代以降のことである。

2.アメノヒボコの日槍と日矛

『日本書紀』では「天日槍」、『古事記』では「天之日矛」の漢字が違う点は、上記のように「記紀」の頃にも矛・槍の区別は必ずしも当時明確ではなかったようで、ヒボコが日槍・日矛であっても、すべて「ほこ」と読まれているように、まだ「字」が存在しなかった頃の「アメノヒボコ」という名は先にあって、その口伝を後に伝来してきた漢字で表記するようになった時代である。ヒボコの漢字に「記紀」でその区別はなく、違いに深い意味はなさそうだ。

記紀は初めての国史として、伝来してまだ間もない漢字に当てはめて書いたのだから、記紀においてでさえ、人名や神名に用いられている漢字は様々で、漢字自体にこだわりすぎる意味は薄いように思える。

3.出石神社の「伊豆志八前大神」

但馬国一宮出石神社の主祭神は、「伊豆志八前大神」・「天日槍」となっていて、「天日槍」よりも「伊豆志八前大神」が先にあげられている。実は「天日槍」(または日矛神)を祭神としている神社は出石神社だけではなく、同じ旧出石郡である桐野にある御出石神社は「天日槍」のみを御祭神とする。『国司文書 但馬故事記』によると、御出石神社は出石神社よりも古い。また出石郡では2社のみが名神大社(名神大)である。

「伊豆志八前大神」とは八種の神宝のことであるが、

『日本書紀』別伝 八種の神宝

  1. 葉細の珠(はほそのたま)
  2. 足高の珠(あしたかのたま)
  3. 鵜鹿鹿の赤石の珠(うかかのあかしのたま)
  4. 出石の刀子(いづしのかたな)
  5. 出石の槍(いづしのほこ)
  6. 日鏡(ひのかがみ)
  7. 熊の神籬(くまのひもろき)
  8. 胆狭浅の大刀(いささのたち)

と八種が記されているのに、本記『日本書紀』垂仁天皇3年3月条は七種の神宝である。

  1. 羽太の玉(はふとのたま) 1箇
  2. 足高の玉(あしたかのたま) 1箇
  3. 鵜鹿鹿の赤石の玉(うかかのあかしのたま) 1箇
  4. 出石の小刀(いづしのかたな) 1口
  5. 出石の桙(いづしのほこ) 1枝
  6. 日鏡(ひのかがみ) 1面
  7. 熊の神籬(くまのひもろき) 1具

『日本書紀』別伝には胆狭浅の太刀はあるが、垂仁天皇3年3月条では7物で、槍や太刀は含まれていないのである。これをどう理解すればいいのであろう。

『古事記』(応神天皇記)でも次の7種で、矛または刀などの武器類はない。

  1. 珠 2貫(たま2個)
  2. 浪振る比礼(なみふるひれ)
  3. 浪切る比礼(なみきるひれ)
  4. 風振る比礼(かぜふるひれ)
  5. 風切る比礼(かぜきるひれ)
  6. 奥津鏡(おきつかがみ)
  7. 辺津鏡(へつかがみ)

つまり八種の神宝としているのは、『日本書紀』別伝のみで、はじめて武器らしい「胆狭浅の大刀(いささのたち)」が加わることで「八種の神宝」。となる。

天日槍の槍・矛=“武器”を表しているとするなら、『日本書紀』垂仁条や『古事記』(応神天皇記)には槍や矛・刀類は持参していないことをどう説明できるのであろうか。

これについては、『国司文書 但馬風土記』(第五章・出石郡故事記に詳しく書かれている。

人皇10代崇神天皇67年夏5月 天日楢杵命アメノヒナラキノミコトの子・天清彦命アメノスガヒコノミコトを以て、(5代)多遅麻国造(初代ヒボコの五世孫)と為す。

人皇11代垂仁天皇88年秋7月朔(はじめ) 家来にたずねられました。
「むかしむかし新羅の王子で天日槍命が初めて来日した時、携えてきた宝物は、いま但馬国の出石神社にあると聞く。わたしはこれを見てみたい。持って参れ」とおっしゃいました。

家来は、使いを但馬に遣わし、清彦*1にこれを持ってこさせました。
羽太玉一個・足高玉一個・鵜鹿々赤石玉一個・出石刀子一口・出石杵(桙)一枝・日鏡一面・熊神籬一具・ 胆狭浅太刀一口
を携え皇都に上りました。
清彦はしばらくして、一つも神宝がなくなれば祖先に対して言葉も無いと、出石刀子を正装の上着に隠し、その残りを献じました。

天皇は大いにおよろこびになり、酒やごちそうを清彦に賜られました。するとたまたま出石刀子が上着より落ち、帝の御前に現れました。
天皇はこれを見られて、清彦に向っておっしゃられました。

なんじの上着の刀子は何の刀子なのだ?」と。
清彦隠さず申し上げた。
「これまた神宝に一つでございます」
天皇は「神宝がなぜ離れんや」と。
清彦はこれもまた前の宝とともに宝庫に納めました。そののち、天皇が宝庫を開けられて、これを視給うに刀子がなくなっていた。使いを多遅麻に遣わして、これを清彦に問われた。

清彦奏して曰く、
「一夜(ある夜)刀子自ら臣の家に至る。臣これを神庫に納め、翌朝これを改むに在らず」と。
天皇これを聞いて、その霊異をかしこみ*2。強いてこれを求め給わず。その後刀子自ら淡路に至る。
島人祠を建てこれを祀る。これを世に剣ノ神と云う。(出石神社 洲本市由良)

 

出石の小刀(垂仁3月条)、出石の刀子(別伝)とあるが、これも武具ではなく、脇差のような短刀というより、削る工具ではないかとする意見もある。

*1 清彦 スガヒコ キヨヒコとする場合もあるが、『国司文書 但馬故事記』編集者吾郷清彦氏はスガとヨミガナをふっている。スギスガ

*1  袍(ほう) 衣冠,束帯のときに着る上着

*2 惶 音読み)コウ・訓読み)おそれる おそれる。かしこまる。あわてる。あわただしい。

4.天日槍を鉄の神・武神とイメージを持っていないか?

 

 

『古代日本「謎」の時代を解き明かす』長浜浩明氏は、

真弓氏は「三世紀代よりの、天日槍の名で象徴される帰化系技術者(韓鍛冶)の渡来によって技術革新がなされ、されに大量の鉄挺(金偏に廷・鉄の素材)も輸入される…」

だが、彼(アメノヒボコ)は技術者ではなく、日本に憧れ、玉、小刀、鉾、鏡、神籬を持って来た王子だった。『三国史記』と照らし合わせると、天日槍は但馬出身の新羅王(=倭人)の子孫だからこそ、彼は日本語を話し、神籬を持って故郷へやって来た可能性も否定できない。

としている。

字の意味にこだわって本質を見誤ってはしないか?「天日槍」または「天之日矛」から戦いのイメージを抱くことだろう。そこから鉄や武神と思い込み、但馬に何故か多い兵主神社をアメノヒボコと関わりあると錯覚している人達もいる。


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