但馬の戦国武将

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【但馬の城ものがたり】 日下部氏流(2) 朝倉氏

朝倉氏の起源 養父郡八鹿町朝倉(養父市八鹿町朝倉)は、越前国(福井県)の守護となって北陸に勢力を張った朝倉氏の出身地として知られています。この村の高さ60mばかりの山の上に残る城跡が朝倉城です。室町時代の末頃、朝倉大炊守(おおいのかみ)が城主であったといわれています。 朝倉氏は但馬最古の豪族、彦座王を始祖とする日下部(くさかべ)氏の一族で、平安時代末期に余三太夫宗高がここに居住し、地名をとってはじ […]

【但馬の城ものがたり】 明智光秀と水生(みずのお)城

豊岡市日高町上石 『但馬の城ものがたり』という書物によれば、昭和50年現在において確認されている但馬の城の数は、215だそうです。この中には徳川時代の陣屋も加えられていますが、まだ未確認の山城もまだあるだろうといわれています。日高町内では20で、但馬の中では数は少ないというものの、但馬史に関係する重要な城がいくつか含まれています。 散り椿で有名な水生山長楽寺の裏から山頂に至る間に、数カ所の平坦地が […]

【但馬の歴史】(35) 但馬山名氏 その他の家臣

  • 2009.08.20

下津屋新三郎 山名四天王といわれる垣屋・太田垣・田結庄・八木氏などに比べると、一段と格が下がる武将です。しかし、垣屋・八木氏らが自立化を進めようとしている時、山名が本当に信頼していたのは、この下津屋級の武士団だったのではないかと思われる点があります。 下津屋安芸守は、伊巾矢(巾矢で一字)美作守、宮下野守らと共に、泉州堺に亡命していた山名祐豊が、織田信長の了解の下に永禄十三年(1570)の冬、再び但 […]

【但馬の城ものがたり】 篠部氏と志馬比城(美方郡香美町香住区香住)

[catlist categorypage=”yes”] 昭和42年五月二十日の各新聞の但馬地方版は「香住町月岡公園で、有馬(有間)皇子の墓が発見された。」と報じています。 有馬皇子とは、日本書紀に、斉明天皇の四年十一月五日に謀反が発覚し、捕らえられて、同年十五日には紀伊国藤白坂(和歌山県)で処刑されたと書かれておりますが、孝徳天皇第一の宮、有馬皇子のことです。 この事件は、有馬皇子が十九才のとき […]

【但馬の城ものがたり】 長(ちょう)氏と林甫城(美方郡香美町香住区訓谷)

[catlist categorypage=”yes”] むかし、山名右衛門督祐豊(うえもんのかみすけとよ)が但馬国の守護として、出石城にいたとき、古い記録によると、天文九年(1540)、訓谷林甫城(りんぽうじょう)の城主は長越前守信行でした。香住郷の無南垣(むながい)のお城に、塩冶左右衛門尉(やんやさえもんのじょう)がいました。無南垣の殿様はとっても欲が深くて、いつも訓谷のお殿さんと領地のことで […]

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