筑紫紀行

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筑紫紀行 巻九より 6 湯島にて

  • 2016.02.28

十二日晴。 神社仏閣を尋ねるべく参詣せんとて宿を出て町を西の方に行けば、町幅狭く町並みは悪しき。されど三階造りの大なる宿屋、或いは華好(きれい)なる小間物屋、及び麦わら細工の職人など多し。中の町に至れば四所明神の社あり。これは出石明神をうつし祭るといえり。さて出石神社は、神名帳に但馬国出石郡伊豆志座いずしにます神社八座とあり。今出石いずしという城下に坐(いま)す神社なるべし。 但州城崎里客舎 井筒 […]

筑紫紀行 巻九より 5 城崎郡へ

  • 2016.02.28

豊岡までは川浅く水はやし。折々舟すわりて動かぬ事あれば。船頭川に立ち入て下へ豊岡。(納屋なや村より是まで一里半)京極甲斐守殿(一万石)の御城下なり。 川舟の湊みなとなり。出待ちという一箇所に橋あり。ここに茶屋多し。町は通筋二十丁余りもあり。海舟も北海より乗り入れる。出町まで来るも暫く泊まって宿、船宿数多く有りて、湯島へ川舟を出す。 これより陸地を行けば、浜辺または河岸と進みし行くは岩石の難路なるよ […]

筑紫紀行 巻九より 4 気多郡へ

  • 2016.02.27

ニ、三丁行けば(気多けた郡)岩中いわなか村。農家三、四十軒あり。引き続いて宵田よいだ町。(小田村よりここまで一里半) 上中下の三町あり。商家・宿屋・茶屋あり。町の中通に溝川あり。 引き続きて江原えばら村。人家百四、五十軒。茶屋あり。商家多く酒造の家あり。 二丁ばかりゆけば日置ひおき村。農家四、五十軒あり。 さて神名帳に但馬多気郡(※気多郡の誤り)日置の神社とあるは、この村にあらざるなり。二丁ばかり […]

筑紫紀行 巻九より 3 養父郡へ

  • 2016.02.27

十日晴れ。卯の刻過ぎに立ち出ず。 二丁行けば堀畑村。農家三十軒ばかりあり。五丁ばかり行けば西は出石領、東は御公領(天領)という領地境の表あり。 これより大川(円山川)の岸を通って二十丁ばかり行けば養父やぶの宿。(高田より是まで二十五丁)人家二百軒ばかり。商家大きなる造酒屋、茶屋、宿屋多し。宿もよき宿多し。町の中通に溝川有り。町を離れれば、道の両側松の並木のあるべき所に、桑をひしと植え並べたり。一丁 […]

筑紫紀行 巻九より 2 但馬国朝来郡へ

  • 2016.02.27

九日晴、卯の刻頃に立ち出ず。 駅を離れて板橋を渡れば、上粟賀村。人家二百軒ばかり茶屋あり。出口に戸田川渡りて四十間余りの川あるを土橋より渡る。これより山道に入る。 入口はよし殿村。二十丁ばかりの間に一つの小農家まぶたにあり。その先は八百軒余りあるべし。中程に春日大明神の宮を参で、殿川という谷川あり。歩いて渡る。かくてまま十丁行けば一本杉。木の□という茶屋あり。これよりは大山村の内なり。二十余り丁の […]