銅鐸の謎~破壊されたミステリー

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10.銅鐸・鰐口・神社の鈴

身近な祭式に用いられたかも知れない銅鐸は、地中に埋められ人々の前から姿を消してしまう。 寺院などの軒先にある風鐸、鰐口、鈴は残った。本来鈴の清らかな澄んだ音色には、悪いものを祓う力があると信じられてきた。 神社で拝殿前に吊るされた鈴も、お参りする人が鳴らすことで祓い清めるという意味を持っている。しかし神社で鈴を鳴らして拝むのは、戦後に広く行われるようになったもので、出雲大社などでは昔も現在も拝殿に […]

08.銅鐸はなぜ消えたのか

銅鐸はなぜ消えたのか 砕かれた銅鐸見つかる! 久田谷銅鐸片 豊岡市立歴史博物館(但馬国府・国分寺館)蔵(許可を得て拙者撮影) 久田谷遺跡で発見された銅鐸は、すべて5~10センチ前後に砕かれ、復元が困難であるため高さ、幅、重量については明確にすることは困難である。しかし、銅鐸の破片が117片あり、これらの割口は古く、工事中に壊されたものではなく、壊された状態で廃棄、あるいは埋められた。弥生時代末期。 […]

01.破壊されたミステリー

謎だらけの日本古代史にあって、とびきりミステリアスな歴史区分として、「銅鐸(どうたく)」を取り上げたいと思います。 砕かれた銅鐸見つかる! わが町日高町は、全国でも稀な打撃により粉々に破壊されて出土した「久田谷銅鐸」があります。 歴史研究家 谷川健一氏は、 謎だらけの日本古代史にあって、とびきりミステリアスな出土品、それが銅鐸だ。 まず、出土の状態からしてわからない。専門家によれば、銅鐸はそのほと […]

11.実験『銅鐸を壊す』

実験『銅鐸を壊す』 兵庫県加古郡播磨町大中 銅鐸破壊実験見学のため、かねてから一度訪ねてみたいと思っていた兵庫県立考古博物館に行って来ました。 豊岡市から播磨町へは兵庫県(本州)の北端から南端です。播但連絡道から加古川バイパスで行くのが正統ですが、節減のため時間的に余裕もあったので豊岡自動車道の氷上までの無料区間から国道175号線で行きました。 加古川バイパスがすでに無料になっているのを忘れていた […]

09.銅鐸が姿を消してから古墳が築かれるまでの空白

銅鐸が姿を消してから古墳が築かれるまでの空白 銅鐸はなぜ消えたのか? 森浩一先生の資料(新しい発見数などは修正しています)と石野博信館長(兵庫県立考古博物館)のお話しをまとめますと、 「銅鐸は現在470あまり確認されています。その分布は北部九州から東海地方に及びます。弥生時代前期から後期にかけてつくられています。銅鐸が出土している国単位では、加茂岩倉遺跡の発見により今のところ一番多いのは出雲です。 […]

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