遺跡遺物

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南構遺跡(兵庫県豊岡市日高町久斗)について

いただいたパンフレットから 去る10月26日(土)、一般国道483号北近畿豊岡自動車道(八鹿豊岡南道路)の建設に伴い、豊岡市久斗(本籍は祢布)の南構遺跡の現地説明会が行われました。当日告知があったのかなかったのか、それもネットから知って毎日新聞一社のみでした。翌日現地へ行ったみました。

養父市立大庄屋記念館(旧長島家住宅)

母方の墓参で母と叔母を乗せて養父市大塚へ。帰路養父市小城の大庄屋記念館(旧長島家住宅)へ立ち寄った。ここの長島家に先々代が大塚中島家から嫁がれたそうだ。母や叔母が子供の頃は法事で来たことがありまだ住まわれていたそうだ。 養父市小城の裏山高台にある。江戸時代後期に出石藩の大庄屋を勤めた長島善右衛門の時代に母屋が建てられたことから大庄屋記念館と呼ばれている。敷地と建物は養父市が長島家から寄贈を受けて、 […]

桂小五郎最大の危機 久畑関所跡

   旧久畑関所跡 豊岡市但東町久畑 旧京街道 旧山陰道(支道)の石畳が往時を偲ぶ。ここから但馬と丹波の境である登尾峠を越えると夜久野に出る。 元治元年7月、桂小五郎は蛤御門の変で、対馬藩邸出入りで知っていた出石出身の商人・広戸甚助に彼の生国但馬へ遁れ、時の到るのを待つことを告げたところ、甚助は快く受け、その夜直ちに幕府方から逃れるために変装して、船頭姿となり甚助と共にひそかに京の都を出を脱出、京 […]

但馬国分寺址

> 豊岡市日高町国分寺 石碑には昭和七年と記してあるので、それ以前から発見されていたものでしょう。 付近は復元に向けて整備が進められつつあります。 遺物などは但馬国府国分寺館に展示してあります。

但馬国分尼寺址

> 豊岡市日高町山本(日高東中前) 日高東中校門前に国分尼寺の礎石があります。通っていた頃から知っていたがその頃はそんなに興味はなく、、、。 伊能忠敬が測量した時には7個の礎石が確認できたと記してありますが、現在は1個のみが残っています。