遺跡・遺物

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【たじまる】 豊岡県庁門

久美浜縣庁門を豊岡縣庁に移しました。(豊岡市図書館) 1868年(慶応4年)に久美浜縣(くみはまけん)が誕生。丹後、丹波、但馬、播磨、美作5ヶ国の久美浜代官所、生野代官所支配地および但馬、丹波の旗本領の926ヶ村23万石を管轄する広大な縣でした。 久美浜は天領(幕府直轄領)だったので、縣名云々よりもとにかく旧藩(旧勢力)の解体を急いだのです。その処置は全国的に行われました。 しかし、久美浜縣は、そ […]

伯耆国庁・国分寺

  • 2012.03.07

[catlist categorypage=”yes”] 鳥取市から倉吉市へは国道9号線が、鳥取バイパス、青谷羽合道路が開通し、国庁所在地で別の旧国であるが時間的に早くなった。高校時代にまだ国鉄だった頃、同級生3人と香住から夜行の山陰号でどこまで行けるかと乗った。今は時効だろうが最初で最後のキセル乗車である。誰も乗っていない客車で限界を感じて倉吉駅で降りて引き返した。深夜の倉吉駅は遠くて寂しい思い […]

旧豊岡藩主京極家家廟・石束家墓地

[catlist categorypage=”yes”] 豊岡市三坂字宝林谷 「大石りく生家 石束(いしづか)家墓地」案内表示 ガード下と市道北に2カ所立てられているが、車ではガードをくぐってすぐ右折すると線路側にかなりのスペースで停められる。但し私有地なのか知らないのでしばらく勝手に停めさえてもらった。ただし、石束(いしづか)家は、豊田町の豊岡陣屋の武家屋敷にあったので、大石りく生家というのが意 […]

祢布ヶ森但馬国府は条里制に収まっていた?!

20111.5.22 「第45回 但馬歴史後援会」但馬史研究会 「祢布ヶ森(ニョウガモリ)遺跡を考える」 但馬国府・国分寺館 前岡 孝彰氏 見つかった施設・遺構から、大型建物跡などが確認されている。かなり大きな役所跡だった。 また、全国的にみても多数の木簡が見つかっており、当時の役人の業務が分かる。 祢布ヶ森遺跡と周辺の遺跡 「第45回 但馬歴史後援会」資料から 但馬国府の推定と発掘 全国的にも国 […]

因幡国府址をさぐる

大きな地図で見る 但馬国府国分寺が置かれた旧日高町(現豊岡市)の人間として全国の国府国分寺跡は関心があった。鳥取市内から南東に国府町がある。もとは法美郡(法味郡)で、合併前までは岩美郡国府町。近年鳥取市と合併し鳥取市国府町になったが、名の通り因幡国府国分寺が置かれた政治の中心地だった場所である。因幡一宮宇倍神社も近い。ここも我が日高町と豊岡市の関係に似ているので親近感が湧く。    鳥取市国府町中 […]