歴史。その真実から何かを学び、成長していく。

カンブリア紀では、原生代(先カンブリア紀)によって形成された海洋が地球上のほぼ全てを覆い尽くす。
5億4,200万年前以前 肉眼で見える大きさで硬い殻を持った生物の化石が初めて産出する。

海中では様々な種類に至る海洋生物が現れ、中でも三葉虫等の節足動物が繁栄し、藻類が発達した。
カンブリア爆発…この時期の初期には動物門のほとんどすべてが出現したと考えられ、この時代に動物の多様性が一気に増大した可能性がある。

後期には多細胞生物も出現した。北海道もアンモナイトの世界的な産地の1つで、約1億年前頃の化石が多く発見されている。

約20万~19万年前 ホモ・サピエンス (現在のヒト) の出現。

約14万年前 氷期 (リス氷期) のピーク。この後、急速に温暖化へと向かった。

アフリカに出現、10万年前頃にユーラシア大陸にも拡大したと考えられている。

約5万年前 クロマニョン人。

最古の洞窟壁画

現在知られている古いものでは、南フランスのショーヴェ洞窟壁画 (約3万年前?)がある。また、ラスコー (約1万8千年~1万6千年前)、アルタミラ(約1万4千年~1万3千年前)など多くの洞窟壁画がある。

約3万年前~2万年以前 – モンゴロイドがアメリカ大陸に渡る。

氷河期の時代にベーリング海峡は地続きになっていた。この頃、ユーラシア大陸から無人のアメリカ大陸に人類が移り住んだと考えられている。約1万年前頃までには、南アメリカ大陸の南端地域まで到達した。

約2万年前 – ウルム氷期 (最終氷期)のピーク。気温は年平均で摂氏7度から8度も下がった。そのため地球上で氷河が発達し、海水面が現在よりも 100メートル から最大で 130メートル ほど低かったと考えられている。その後、温暖化と寒冷化の小さな波をうちながら、長期では徐々に温暖化に向かった。

約1万6千年前 東南アジアにあったとされるスンダランドが、海面上昇により徐々に後退。

約1万2千年前 こと座 (七夕の織り姫星付近) が北極星だった。
紀元前4万年頃 アボリジニーがオーストラリアに渡来する。

「柳江人」(中国広西省出土;約4万年前の化石人骨)。

約3万年前 – ネアンデルタール人がこの頃絶滅。

25万年前から40万年前に住んだと思われる「北京原人」の骨と遺物(1921~)

ジャワ原人(1891)

約7万3千年前 – スマトラ島のトバ火山の大噴火。スマトラ島のトバ湖はこの時の噴火によって形成されたカルデラ湖。ここ10万年ほどでは最大級の噴火とされ、地球の気温が数年間3~3.5度低下した。

ヒトのDNAの解析によれば、7万年ほど前に人類の人口が一万人以下に激減し、遺伝的な多様性の多くが失われ現在の人類につながる種族のみが残った「ボトルネック効果(遺伝子多様性減少)」があったと考えられるが、これがトバ火山の大噴火に関連すると考えられている。

約1万4千年前~約1万年前 この頃までにイヌを飼い慣らしたと考えられている。

約1万3千年前~1万年前 温暖化が進行しつつあったが寒冷気候に戻った時期である。2万5千年前頃 鹿児島県にある姶良(あいら)火山が大爆発を起こす。

この頃を境にナウマンゾウが日本列島から姿を消す。
約1万8千年前 日本海に津軽海峡を通って寒流である親潮が流入し、この影響で朝鮮海峡あるいは対馬海峡から表層水が流出した。

青森で発見の土器が世界最古(1万6千年前)と判明

静岡県浜松市で発掘された浜北人(約1万4,000年前)

「港川人骨」(沖縄県具志頭村港川)1万数千年前の化石人骨数体分が採集
約1万3千年前 – 日本列島が大陸から完全に離れ、ほぼ今の形を整えたと考えられている。マイナス約60メートルの宗谷海峡が海水面下に没した。

対馬暖流は一進一退を繰り返しながら日本海に流入していき、約1万から8千年前の間に、現在と同じような海洋環境になったと考えられている。海抜5m以上の盆地周辺からは貝塚や縄文遺跡などが数多く発見されており、旧石器時代に人々が住み着いていたことが推測されます。

鳥取県・上淀廃寺跡
但馬守が来任するころには、郷・村・保等も整い、鎌倉期になって荘園が置かれ、荘司が政治をとるようになり、ことに承久3年(1221年)但馬守護太田昌明の本拠地となったころ管理はようやくゆきとどくようになり、文化も次第に向上する機運に乗ったといわれています。

朝来町 立脇廃寺

 

時代 期別 西 暦 地 球 西 洋 東 洋 国 内 但馬国

*1

約38億年前 地球誕生44億年前 地球は、太陽の周囲を廻る軌道にあった天体、すなわちミニ惑星が合体して形成されたとされる。小さな塵などが合体して火星ほどの大きさになり、それがさらに10個ほど衝突して現在の地球となった。最後の衝突(ジャイアント・インパクト)

海の形成。

40億年~38億年前 この頃、現在、知られている最古の堆積岩が現れる。原始生命が誕生したと考えられている。
始  生  代 約38億年前から約25億年前 この時大陸がはじめて安定した。そして光合成によりエネルギーと酸素を作り出す微生物、シアノバクテリア
が誕生。
嫌気性微生物細胞呼吸は酸素を必要としなかった。生き残った嫌気性微生物たちは酸素に耐性を持つようになったか、酸素のない環境で暮らすようになった。
原  生  代 前期 25億~16億年前 24億年前~22億年前 現在分かっている最古の氷期。? ヒューロニアン氷期>

20数億年前? 大気中の酸素の増加。>

約10億~7億年前 ロディニア超大陸の形成。約6億年前に分裂したと考えられている。
真核生物の誕生。中期の終盤には有性生殖への進化が起きた。
後期 9億年前から5億4,200万年前 オゾン層ができて紫外線が地表に届かなくなった。地理的に、新原生代には超大陸ロディニアが少なくとも8つの地塊に分裂したことによる複雑な大陸移動が引き起こったと考えられる。この大陸移動の結果、「スノーボールアース」として知られる赤道まで氷床に覆われるかつてない厳しさのスターティアン氷期・マリノア氷期といった大規模な世界的氷河期が起こった。 生殖への進化が起きた。
8億年前~6億年前 大規模氷河時代。雪球地球 (スノーボールアース)仮説。
藻類によって大気中に酸素の放出が始まり、また、古細菌がユリアーキオータ、クレンアーキオータ、原始真核生物の三系統に分岐し、さらに原始真核生物にαプロテオバクテリア(後のミトコンドリア)が共生することで現在の真核生物が成立した。後期には多細胞生物も出現6億年前~ -約5億3000万年前 カンブリア爆発と呼ばれる生物の多様化が起こる。今日見られる動物の「門(生物の体制)」が出そろった現象であるとされる。生物種の爆発的増加。(バージェス動物群)三葉虫など無脊椎動物の繁栄。

*2

約5億4,500万年前~約5億500万年前 概して温暖で、極地方には氷河がなかったと考えられている。
オル

約5億900万年前から約4億4,600万年前 オゾン層の形成。オゾン層は、太陽からの有害な紫外線の多くを吸収し、地上の生態系を保護する役割を果たしている。 オウムガイの全盛期で三葉虫のような節足動物や筆石のような原索動物が栄えた。甲冑魚のような魚類が登場したのもこの時代である。4億3千年前頃 生物の大量絶滅(オルドヴィス紀末)
シル

約4億4000万 – 4億1000万年前 地球温暖期3つの大陸は徐々に接近し、約4億2,000万年前に衝突した。このためイアペトゥス海は消滅し、ユーラメリカ大陸(ローラシア大陸とも)という大陸が形成された。 4億年前 陸上植物が出現。アンモナイトが現れる。* あごやうろこを持つ魚類の登場。サンゴ類の繁栄。植物の陸上進出。昆虫の誕生。脊椎動物の登場、無顎類動物が一般的に。

約4億1,600万年前から約3億6,700万年前 「魚の時代」と呼ばれる。古生代の中ごろ。魚類が繁栄し、シーラカンスや肺魚、アンモナイトもこの時代に出現。

陸上では、最古の森林が発達し、巨大な節足動物が出現。また両生類が出現したのもこの時代。

3億6千万年前 生物の大量絶滅(デヴォン紀後期)。

3億6,700万年前から2億8,900万年前 氷河の消滅。 年間を通して季節の変化はあまりなく、1年中湿潤な熱帯気候であったといわれる。大森林が各地に形成され、石炭の元になったとされる。地質時代では石炭紀という名称がついている

シダ植物が発達し、種子植物の出現。巨大昆虫類の繁栄。昆虫が拡大。両生類の地上上陸。爬虫類の出現。動物の陸上進出。
ゴキブリもこの頃に出現。身近な生きている化石とされる。
* 硬骨魚類の繁栄。
オウムガイ、アンモナイトの繁栄。ハイギョの出現。

中生

ペル

約2億8000万~2億5000万年前 巨大大陸パンゲアの出現。大陸移動説において、現在の諸大陸が分裂する前にひとつであったときの超大陸のことである。
地球史上最大の大量絶滅があった。



約1億9500万年前~約1億3500万年前 恐竜が繁栄、原始的な鳥類の出現、被子植物の出現。
白  亜

約1億4550万年前~約7060万年前 約7000万年前 インド亜大陸とユーラシア大陸の衝突。プレートテクトニクス説によれば、インド亜大陸の北上でユーラシア大陸と衝突したことにより、約2500万年前頃からヒマラヤ山脈の形成がはじまったと考えられている。



約6,550万年前~約2,500万年前 約2500万年前 アルプス・ヒマラヤ地帯などで山脈の形成がはじまる。テチス海が消滅し、造山運動により隆起。 6500万年前 生物の大量絶滅 (白亜紀末)。この頃、恐竜が絶滅。隕石の落下による環境の激変を原因とする説が有力と考えられている。
霊長類(有胎盤類)の出現約4000万年前 南極大陸で氷河の形成がはじまり、徐々に寒冷化。これ以前は非常に温暖な時期だった。→海水準変動現代の動物相につながるものがほぼ出現している。ヒトの祖先はこの時代に誕生した。
九州中西部、常磐、石狩、釧路などの炭田地帯で、石炭層を含む陸成層と浅海成層が厚く分布する。



中新

約2,300万年前~約500万年前 約2000万年前 現存する最古の湖の形成。バイカル湖、タンガニーカ湖。→ 古代湖約1500万年前 ヨーロッパに隕石が落下、クレーターを形成する。

現在のドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州にあるリース隕石孔、シュタインハイム・クレーター。

ベーリング海に存在した陸橋ベーリンジアが温暖化の海進により水没し、北米大陸はユーラシア大陸から分離した。
1000万年前~500万年前 アフリカでグレート・リフト・バレーの形成が始まる。

2500万年前 最古の類人猿と思われる化石?アフリカのケニヤで発見された。

1300万年前 この頃からヨーロッパ、南アジア、東アジアなどユーラシア各地にも類人猿の化石が現れる。

1600万年前頃 大和三山の内の畝傍山や耳成山が、二上山もこの頃火山活動していた。推定約600万~400万年前 琵琶湖の形成。琵琶湖は世界に現存する湖の中では3番目に古い湖と考えられている。 豊岡盆地は、人類の歴史が始まったころに干陸化し平地になったと推定。
鮮新

約500万年前~約160万年前 シベリアに大隕石が激突し、それが引き起こした気候変動により、新哺乳類に最初の危機が訪れた。 人類誕生に大きな影響を与えたとする説がある。アウストラロピテクス・アファレンシスは約390万~約290万年前に存在した化石人類(1924)約600万~500万年前 この頃、ヒトとチンパンジーが分化したとされる。

直立二足歩行の開始

旧石

前期 250万年前~12万年前 石器の使用がはじまった。オルドヴァイ文化、オルドワン石器 日本列島形成?
約170万年前 伊豆半島が本州に衝突。
70万年前~6000年前 兵庫のもっとも新しい火山活動「神鍋山火山群」が活動

30万年前~3万年前 温暖期のピーク。現在よりも温暖であったと考えられている。海面の上昇により、他にも、アラスカとロシアの間にあるベーリング海峡 (氷期には陸続きだった) の海没や、大陸と地続きだった日本も徐々に島化が進んだ。 剥片石器が出現した時代。約23万年前 ネアンデルタール人が広がった。 後期 約1万3千年前~約1万年前 約1万年前 最後の氷期 (最終氷期) が終わったとされる。ヨーロッパ中部の火山活動が終息へ

アイフェル高地(ドイツ・ベルギー)や中央高地(フランス)の火山活動がおおむね終息。ピュイ=ド=ドームは約8,000年前まで活動を続けた。

農耕革命 (農耕の開始)。人類史上、重大な事件の1つとされる。石器が急速に高度化、多様化した時代。このような技術革新の原動力を言語に求める説もある。

クロマニヨン人(ホモ・サピエンス)が主流となり、他の化石人類は急速に姿を消した。

この期の初め頃 日本列島が大陸から離れる直前であったと推測されている。晩氷期の気候は、短期間に寒・暖がおこり、厳しい環境変化であった。

環境の変化に伴い貝類や魚類が新しい食糧資源になった。狩猟の獲物は、ゾウや野牛の大型哺乳動物からシカやイノシシの中・小哺乳動物に変わっていった。竪穴住居址からサケの顎骨発見。小型の骨製U字型釣針。

約1万3000年前から1万2000年前頃 日本列島が大陸から離れ、現在の姿ができあがった。

立川ローム基底部(X層)。日本の旧石器文化発見。

日本列島全域で4000カ所を超える遺跡が確認

大阪府藤井寺市のはさみ山遺跡で竪穴住居が見つかる。

温泉町畑ヶ平遺跡 台形様石器、養父町・但東町 尖頭器発見
家野遺跡(旧石器/縄文集落跡)養父市別宮字家野、山東町比叡截頭段丘



約13000年前~約10000年 紀元前12,000年頃 イヌの家畜化 長江文明 玉蟾岩遺跡 稲モミが見つかっているが、栽培したものかは確定できない。 日本列島が完全に大陸から離れて島国となっていた。暖化が進行し、氷河が溶けて海水面が上昇し、海が陸地に進入してきた。「海進」という。石器・弓矢、狩猟・漁労・採集
関宮町別宮 鉢伏高原遺跡(海抜6~700m、縄文早期までの複合遺跡)爪型文土器
大屋町の上山高原で採集された一片の土器破片日高町神鍋遺跡 (神鍋字笹尾・上野、標高330~360m-縄文早期までの複合遺跡) 爪型文土器’69豊岡市城崎町 スクモ塚遺跡(縄文式土器)、「黄沼前海(きぬさきうみ)」の誕生
早期 紀元前1000年頃 完新世の気候最温暖期この頃、海面は現在よりも数メートル(4mから10mまで諸説あり)程度高かったと考えられている。 紀元前9000年頃 牛乳が人間の食糧として飲まれはじめる。紀元前9000年頃 メソポタミア 都市国家ウルの創建

紀元前8300年~前7300年 エリコで周囲を石壁で囲った集落が現れる。

メソポタミア文明 最初の陶器が作られる。金や銅が使われ始める。

紀元前6500年頃 ブリテン島がヨーロッパ大陸から分離、島となる。

紀元前5600年頃 北アフリカで砂漠化が始まる。この結果サハラ砂漠が生じた。砂漠化の結果、エジプトへの移住と人口集中がおき、文明化を促進した。

紀元前5100年頃 南メソポタミアで神殿が建築される。

ナイル川の渓谷で農業が行われる。
車輪と鋤の発明。
前5000年頃~前3000年頃

アジアでイネの耕作紀元前7000年頃 南アジアのメヘルガル遺跡で定住農耕生活。北西ヨーロッパには森林が広がり、狩人達が新たな狩猟具を手にして獲物を追い始めていた。投げやりに替わって、弓矢が普及した時代で、中石器時代と呼ばれる。北アメリカでは、気候が温暖化し、マンモスが姿を消す。遊牧インディアンは定住・農耕生活へと向かう。
紀元前7000年? – 紀元前5000年? 「彭頭山文化」中国に於ける最古の水稲とされる。「長江文明」河姆渡遺跡 紀元前6000年 – 紀元前5000年頃のものと推定され、大量の稲モミなどの稲作の痕跡が発見。狩猟や漁労も合わせて行われ、ブタの家畜化なども行われた。住居は高床式裴李崗文化…紀元前7000?~紀元前5000?。一般的な「新石器時代」のはじまり。定住し農業も行われていた。河南省(黄河中流)。土器は赤褐色
紀元前6000年頃 — 朝鮮が新石器時代に入る。中国:河南省舞陽県の賈湖遺跡。
紀元前7500年頃 千葉県の西之城貝塚と神奈川県の夏島貝塚が作られる。そこから出た土器を手懸かりにおおよその年代を割り出すと、現在まで発見された貝塚の中で最も古い時期の貝塚ということができる。紀元前7000年~紀元前6700年頃の神奈川県夏島貝塚で最古の犬の化石。

数個の竪穴住居で一集落を構成する。
圧煮炊き用の土器の出現が旧石器時代の生活を変えた。

鹿児島で旧石器時代(縄文早期)の住居跡見つかる

青森三内丸山遺跡 今から約5500年前から4000年前まで(縄文時代前期から中期まで)の1500年間にわたって継続して営まれた巨大な集落群が見つかる’93 青森県

前5300年頃  鹿児島南方の鬼界カルデラで大噴火。

日高町 神鍋遺跡・ミダレオ古墳群’69 押型文土器・住居跡・貯蔵穴・配石遺構美方町広井の上ノ山遺跡(住居跡)、山東町 茶堂散布地
前期 <span style=”font-size: small紀元前800年頃 前3000年頃 初期の文明が現れる。
古代エジプト文明、メソポタミア文明など。人為による環境破壊がそろそろ表面化-
塩害、塩類集積、森林破壊、レバノン杉など参照。紀元前36世紀 – シュメール文明、都市国家分立
黄河文明 仰韶文化中国で水牛の家畜化

稲の栽培がインド北東部のアッサム地方から中国雲南の雲貴高原にかけての山岳地帯でも始まった。

温暖な気候が続き、日本では縄文時代人が各地に拡がった時期竪穴住居が広場を囲んで集落をつくる。
犬を人と一緒に埋葬。屈葬。木器・土器・櫛などに漆を塗ることが始まる。耳飾り・勾玉・管玉などの装身具がつくられる。
日高町 神鍋遺跡(竪穴住居跡) 少量の縄文土器船元式、黒木Ⅱ式出土
中期 <span style=”font-size: small前400年頃 紀元前3000年頃 – 新石器時代が終わった。
クレタ文明が始まった。「エジプト文明」紀元前3000年前後に中央集権的な統一国家となる。紀元前2600年から紀元前1800年「インダス文明」アメリカ大陸で最も古い都市カラルの建設が始まった。
表意文字 – 中国 海岸線ほぼ現在に近くなる。石棒・土偶などの呪物が盛んにつくられる。石柱祭壇。抜歯の風習が始まる。気温低下始める。立体的文様のある大型土器が流行する。

集落の規模が大きくなる。植林農法の種類もドングリより食べやすいクリに変わり大規模化する。

人口26万1300人。

中谷貝塚、荒原貝塚、長谷貝塚 豊岡市 後期 紀元50年頃 四川文明 三星堆遺跡 大量の青銅器 大湯環状列石(ストーンサークル)、東北地方に集中。ウッドサークル(巨大木柱遺跡)。敷石住居址。人口16万300人。 山東町 柿坪遺跡、粟鹿遺跡石ヶ堂遺跡 養父市森字石ヶ堂 縄文/弥生/古墳
ナベ遺跡(集落跡)養父市八鹿町高柳 縄文時代~平安時代
日高町 祢布ヶ森遺跡、日高町伊府遺跡(石器)
晩期 約3000年~2300年前 古代ギリシアで「古代オリンピック」始まる 気温2度前後低下。海面も低下。漁労活動壊滅的打撃受ける。大湯環状列石(ストーンサークル)、東北地方に集中。福岡板付遺跡 菜畑遺跡 北九州・近畿でも縄文水田。 京都府夜久野町 菖蒲池遺跡
弥生 早期 紀元

13

中国における稲作は長江中流域起源説が有力である。また、古代の銅鐸の絵には、狩猟文化と稲作文化がはっきりと描かれている。 中国が春秋時代を迎え、中国国内の騒乱から逃れれた人々が、稲作文化と一緒に移住して来たと考える。ムラからクニへ水稲耕作・大陸系石器・支石墓(しせきぼ)の伝来。

日本最古の水田(板付遺跡)

北海道・北東北地方においては水田耕作が受容されず続縄文時代に移行した。

前期 前800~前400 中期 前400~100年 紀元前後 古代ローマ、漢などの古代帝国が出現。
* 8年 – 王莽により前漢滅亡。新が建てられる。
* 9年 – トイトブルクの戦いでローマがゲルマニア人に敗れる。
* 14年 – アウグストゥス死去。* 30年頃 – イエス、パレスティナで刑死。この頃、キリスト教が成立。
* 37年 – パルティアとローマが和睦する。
* 62年 – エルサレムでキリスト教エルサレム教会の初代主教ヤコブが殉教
* 64年 – ローマ大火。ネロがキリスト教を迫害。
* 68年 – ネロ自殺。以降、4皇帝が乱立し内戦状態となる。フラウィウス朝の確立。
* 70年 – ユダヤ戦争でエルサレムが陥落する。
* 73年 – ローマ軍が包囲したマサダ要塞が陥落。
* 79年 – ベスビオ火山の噴火によりポンペイが埋没。
* 80年 – ローマにコロッセウムが完成。
* 96年 – 古代ローマで五賢帝時代始まる(- 180年)。
* 97年 – 甘英が班超により大秦国(ローマ帝国)へ派遣される。
「秦」紀元前221年には史上はじめての中国統一を成し遂げた。秦の始皇帝が「漢字」の字体統一、万里の長城建設に着手。秦滅亡後、前漢成立。「シルクロード」、中国と地中海世界の間の交易路、特にローマ帝国と秦漢帝国を結ぶルート

* 18年 – 赤眉の乱(- 27年)
* 23年 – 王莽が死亡し、新が滅亡。
* 25年 – 劉秀(光武帝)が皇帝に即位する。後漢王朝の成立(- 220年)。
* 36年 – 後漢の光武帝、中国を統一する。

* 40年 – ベトナムで徴姉妹が後漢に対して反乱を起こす(- 43年)。ローマのブリタンニア支配が始まる。

紀元前後 – 倭は百余国に分かれており、その一部は前漢の楽浪郡に朝献をする。(『漢書』地理志)

* 57年 – 倭の奴国王が後漢に朝献して、倭奴国王印(金印紫綬)を授けられる。(後漢・建武中元2、丁巳;後漢書光武帝紀、同東夷伝)

* 85年ごろ – 鮮卑が北匈奴を破る。

* 94年 – 後漢の班超が西域諸国を制圧。

吉野ヶ里遺跡のはじまり57年 委奴国王(倭の奴と読む説有り)が後漢に朝貢し、光武帝から印綬を授けられる(『後漢書』光武帝紀、同東夷伝)。筑前国志賀島(福岡市)出土の金印「漢委奴国王」にあたる。

近畿地方を中心に銅鐸がつくられる。

西日本から関東にかけて集落の周りに濠や土塁を巡らした環濠集落が増える。佐賀県神埼郡吉野ヶ里遺跡、大阪府池上・曽根遺跡。

瀬戸内海沿岸各地に高地性集落が集中的に営まれる。畿内と瀬戸内地域に軍事的緊張。集落相互間の支配・従属的秩序化が進む。関東や北陸にも普及する。

中期後半(1世紀代)以降は、畿内と瀬戸内地域に人的交流があり、平和的関係になっている。

銅鐸が急に大型化する。近畿式と三遠(さんえん)式がある。三遠とは、旧国名の三河・遠江で、現愛知県東南部部と静岡県西南部を指す。
倭国内乱が続く

鳥取青谷上寺地遺跡戦いの痕跡を残した人骨が、全国各地の弥生遺跡から出土
1世紀末 – 弥生文化が東北地方に波及する。

この頃、倭人は百余国に分かれて、その中の何国かは前漢の楽浪郡に朝献するという(『漢書』地理志)

大阪府和泉市の池上・曽根遺跡(弥生Ⅳ期・中期後半)の大型建物のヒノキの伐採年が紀元前52年と年輪年代法で判定された。

和田山町 筒江片引遺跡山東町 柿坪遺跡、仲田遺跡
大盛山遺跡 和田山町岡田字更杵他(集落跡)
豊岡市出石町袴狭 砂入遺跡 豊岡市出石町宮内 入佐川遺跡 弥生/古墳/奈良/平安
後期 100年~400年 石器が消滅し、鉄器が普及する。後漢成立。司馬遷『史記』編纂 弥生式土器が現れる 107年倭国王(倭面土国王)帥升ら後漢の安帝に生口160人を献ずる(『後漢書』光武帝紀、同東夷伝 永初1丁未)。この頃、倭国乱れ、互いに攻伐し(倭国大乱)、長い間盟主なし。

この後、卑弥呼が共立されて王となる。(『魏志』倭人伝)。

「倭国乱」は、北部九州が主要な戦場ではなかったと考えられている。大量の人骨(約90体以上)が散乱した状態で発見される
畿内勢力と吉備・瀬戸内勢力の間に戦いはなかった。

180年代の「中平□年」(中平は後漢霊帝治世の年号、184~189年間)の金象嵌紀年名の大刀(奈良県天理市東大寺山古墳から出土)。「倭国乱」収束後に「倭国王」が後漢に遣使した時に「下賜」されたものと考えられている。

西日本に青銅製の武器型祭器が使われる

祭祀が行われていた
2
卑弥呼の墓と目される箸墓古墳が築造されている。
300 北九州で支石墓・甕棺墓が現れる。多数の前漢鏡を副葬する甕棺墓が少数見つかっている。

近畿地方で方形周溝墓がつくられた

山東町 森向山遺跡(古墳) 弥生/古墳/奈良/平安
加都遺跡(宮ヶ田地区)和田山町加都字宮ヶ田他
集落遺跡(ナベ遺跡) 養父市八鹿町高柳’07祢布ヶ森遺跡、久田谷古墳遺跡 銅鐸破片117片豊岡市日高町久田谷和田山町 大盛山遺跡(環壕集落)山東町 柿坪中山墳墓群(環壕集落)豊岡市 気比遺跡 銅鐸4個
出石町 袴狭遺跡 船団の線刻画のある木製品(板材) 弥生~平安(官衙跡) 
古墳 前期 4世紀後半 238年 呉の「赤烏元年」の紀年銘を持つ画文帯神獣鏡(山梨県市川三郷町の鳥居原狐塚古墳から出土)。500 春秋戦国時代。春秋時代の中国の思想家。儒家の始祖「孔子」 「景初三年」の紀年名を持つ三角縁神獣鏡が大阪府黄金塚と島根県大原郡の神原古墳から出土。
大和政権
「□始元年」の紀年名を持つ三角縁神獣鏡が群馬県高崎市の芝崎古墳と兵庫県豊岡市森尾古墳から出土。倭の五王  巨大古墳391 倭国朝鮮進出、高句麗と戦う538 百済から仏像・教典伝来奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡、弥生時代終末期の畿内勢力の中心的位置を占める宗教的・政治的勢力の本拠の一つ。前方後円墳の祖型とみなされる墳丘が集中して見られる。
邪馬台国畿内説の最有力候補地。266年(西晋の泰始2)11月、倭の女王(壱与か)遣使し、西晋に朝献する(『日本書紀』神功66年条に引く晋起居注、晋書武帝紀)。この後、413年まで中国の史書には倭の関係記事見えず。
前方後円墳出現
山際古墳 養父市八鹿’08 水上遺跡(縄文後期~平安)日高町水上 日本最古の高床倉庫跡
中期 5世紀 607 法隆寺建立 石舞台古墳(奈良県)645 大化の改新。難波宮に遷都

『丹波国』成立

豊岡市 森尾古墳(現在わかっている但馬最古の古墳のひとつ)
日高町水上 羽根山古墳 箱式二重石棺日高町上郷 満仲谷古墳日高町鶴岡 馬場ヶ崎古墳日高町神鍋 訓原古墳稲作が一般的に行われるようになった弥生時代には遺跡が平地部に分布するようになり、久田谷遺跡からは小さく壊された銅鐸が発見されています
後期 6世紀 ローマ帝国 紀元前27年(帝政の開始) から 1453年(東ローマ帝国滅亡) 和田山町 茶すり山古墳・城の山古墳・池田古墳(県下第二位の規模)

山東町  柿坪遺跡(豪族居館) 全国第二位の規模

和田山町 加都遺跡(集落)

山東町  大同寺山古墳群(陶棺)


6世紀終わり~8世紀初頭 592「隋」中国を統一 聖徳太子遣隋使・遣唐使

大化改新

白鳳文化

律令

676 全国を大・上・中・下の四等級に分類した国が制定され国府が置かれる
840 『日本後紀』

奈良 710年~794年  隋は滅亡し唐が統一 710 平城京遷都741 国分寺・国分尼寺建立の詔、官道の整備、古事記・日本書紀、風土記 粟鹿大明神元記北西部を分離し 『但馬国』成立

713年 北部5郡を分離し『丹後国』成立

日高町 但馬国分寺跡 寺域確認調査’73~75
但東町は古くは各地の土豪が分割領有しており、各地に存する古墳はそれらの土豪を葬祭したものと推定できる。垂仁天皇3年、出石神社の祭神天日槍が来朝し、円山川と竹野川流域の但馬が統一されたのに従い、その領有に帰したものと思われます。

但馬地方の谷あいに営まれた律令期の窯跡(小河江窯跡)’07 豊岡市日高町小河江

和田山町 加都遺跡(但馬道)


794年~1185年頃 十字軍遠征 960年、宋を建国 794年(延暦13年)平安京に遷都905年(延喜5年)「延喜式」編纂を始め、927年(延長5年)に一応完成。

奥州藤原氏1087-1189

807年(大同2年)生野銀山開坑(伝承)804年(延暦23年)深田遺跡(日高町水上) 県指定有形文化財 深田遺跡(昭和60年)、沼地から人形を含む多量 の木簡や役所で使ったと思われる遺物が見つかる。
川岸遺跡(官衙跡) 気多郡高田郷(現在の日高町水上付近)に遷す。第1次但馬国府?(昭和59年)都から但馬に派遣された役人「国司」の顔を書いたと思われる人形が出土し、幻の但馬国府がぐっと身近に。祢布ヶ森遺跡の発掘調査(昭和61年) 祢布ヶ森遺跡は、第2次但馬国府である可能性が高い。
鎌倉 1185年~1333年 1206年、「モンゴル帝国」、モンゴル高原の遊牧民を統合したチンギス・カンが創設「インカ帝国」16世紀まで

マルコ・ポーロ『東方見聞録』

1192年 鎌倉幕府成立、守護地頭設置 但馬国守護 1185年~? – 小野時広1197年~1221年 – 安達親長

1221年~1223年 – 常陸坊昌明

1285年~1321年 – 太田政頼

?~1333年 – 太田氏


町・南北朝時代
14世紀半ば~19世紀半ば – 小氷期とされる。 14世紀半ば ヨーロッパでペストの猛威。一説では人口の3割近くを失ったとされる。ルネサンス 1368年 – 1644年、「明」 1336年、足利尊氏が後醍醐天皇の南朝に対して北朝を擁立し室町幕府を開く。明徳2年(1391年)、(明徳の乱)

1392年(元中9年(北朝:明徳3年)南北朝合一(明徳の和約)

山名時氏 但馬国を掌握し、出石(豊岡市出石町)に拠点を置く。此隅山城跡 出石町宮内・袴狭
此隅山城の出城として、標高48mの神武山に木崎城(城崎城)が建築。山名氏のもとでは、山名四天王の垣屋氏が配された。別名・亀城→豊岡城守護大名として山陰地方に大勢力を張り、また赤松氏や京極氏、一色氏と並んで四職家の一つにまで数えられるに至った。氏清は戦死、時熙の家系が存続し、山名四天王(やまなしてんのう)は室町時代から戦国時代にかけて山名氏で重きをなした垣屋氏、田結庄氏、八木氏、大田垣氏の当主の総称
戦国

1441年(嘉吉元年) 赤松満祐 嘉吉の乱1429 琉球統一

将軍・足利義教が赤松満祐によって暗殺(嘉吉の乱)されると、同年、赤松氏討伐の総大将として大功を挙げる。この功績によって山名氏は、備後・安芸・石見・備前・美作・播磨などの守護職を与えられ、再び全盛期を築き上げた。

1467年(応仁元年)- 1477年(文明9年)応仁の乱

室町幕府管領の細川勝元と、四職家山名持豊(出家して山名宗全)らの有力守護大名が争う。

1431年(永享3年) 山名氏竹田城構築に着手山名氏清のとき、一族で全国66ヶ国中11ヶ国の守護職を占め、「六分の一殿」と称されて権勢を誇った。
安土

1568年(永禄11年) 織田信長、足利義昭を奉じて入京する。
1549年(天文18年)フランシスコ・ザビエル、薩摩国鹿児島に上陸し、キリスト教を伝える。
1582年(天正10年) 本能寺の変1590年(天正18年) 小田原の役(豊臣秀吉の全国統一)
1542年(天文11年)、生野銀山の本格採掘始まる山名豊定の子・山名豊国が秀吉を通じて信長に降伏したため、秀吉の家臣となった。その後、豊国は秀吉から因幡にわずかの所領を与えられ、御伽衆として迎えられた。
羽柴秀吉による1569年の但馬の山名勢攻略後、1580年に秀吉の武将宮部善祥房が神武山に城を築き、城下町の形成に着手したのが豊岡のまちの始まりであるといわれています。宮部継潤が城崎荘を豊岡と改名め、豊岡城を築く。竹田城秀吉の弟羽柴小一郎長秀(秀長)が城代になる。但馬平定 出石城落城

1600-1868(慶応4年) 「清」、1636年に満州に建国、1644年から1912年まで中国を支配した最後の統一王朝1769年8月15日-1821年5月5日 革命期フランスの軍人・政治家で、フランス第一帝政の皇帝ナポレオン1世

1776年にアメリカ合衆国独立

1603年(慶長8年)徳川家康、征夷大将軍となり、江戸幕府を開く。 近代 明治 20世紀 – 科学技術の発達、人口の爆発的増加、世界大戦、環境破壊、地球温暖化や資源枯渇の懸念。 安政元年(1854年)正月に再来したペリー艦隊は、重ねて開国を要求安政の大獄 1858年(安政5年)。
万円元年3月3日(1860根) 桜田門外の変慶応2年(1866年) 薩長同盟締結
日米和親条約が締結1867年(慶応3年)。鎖国体制が終焉。
1867年 大政奉還、王政復古
1868年10月23日(旧9月8日)明治改元1868年 戊辰戦争
1871年廃藩置県
文久3年(1863年) 生野の変
木戸孝允但馬出石に潜伏1868年(慶応4年) 久美浜県(くみはまけん)設置丹後、丹波、但馬、播磨、美作5ヶ国の久美浜代官所、生野代官所支配地および但馬、丹波の旗本領の926ヶ村23万石を管轄した。

*1…先カンブリア時代は地質学的証拠に乏しい時代であるため、先カンブリア時代に属する地質年代に関しての用語はまだ定まっていない。一般には、冥王代、始生代(太古代)、原生代に区分されることが多い。20世紀に入ってから、古生代、中生代、新生代の地史区分にならって、先カンブリア時代は冥王代と始生代と原生代に三分された。さらに細かい時代に分けられる事もある。化石などといった地質学的証拠があまりない時代であり、陰性代と呼ぶこともある。

*2…古生代 先カンブリア時代の後に相当する。地質学的には、古生代以前の地質年代をはっきりと確定することはできない。

&nbsp<

■参考資料
週刊「ビジュアル日本の歴史」110号 日本人の誕生10 (株)デアゴスティーニ・ジャパン

日本の酒の歴史 坂口謹一郎 監修/加藤べん三郎 編 研成社

兵庫県教育委員会ページ
ウイキペディア
神奈備へようこそ
<a href=”http://www.genbu.net/cgi-bin/mapindex.cgi?index=1&amp玄松子ページ

井上夢間さんの「夢間草廬(むけんのこや)-ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源」(引用許可済)

日高町史

&nbsp<

&nbsp<

最初のページ戻る但馬の年表日本の年表ふるさと兵庫のお国自慢「日本一編」
気多神社一覧物部神社一覧兵主神社一覧付録:但馬のお城ふるさと兵庫県お国自慢『日本一編』ふるさと兵庫県お国自慢『兵庫県編』但馬の偉人但馬杜氏
Copyright(C)2002.4.29-2009 ketajin21 All Rights Reser E-mail

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。