アメノヒボコ

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00 はじめに『但馬国司文書 但馬故事記』

「国司文書・但馬故事記・別記」の訳註書「古事大観録」「但馬神社系譜伝」「但馬郷名記抄」「世継記・秘鍵抄ほか」コピーを同じく但馬史や神社に興味を持たれている知人からいただいた。 郷土但馬の成り立ち、神社の由来・縁起を知る手がかりとして、桜井勉『校捕但馬考』などから拾っていたが、どうしても『但馬故事記-但馬国司文書』が読みたくなった。但馬文教府にあると聞いたので行ってみると、閉館していたので、豊岡市図 […]

第1章 1.記録に残された天日槍の足取り

『アメノヒボコ』には、「最古のヒボコ?」として巻頭にこう書かれている。 (史書の)アメノヒボコに関連する記事は、八世紀の初めに編纂された『古事記』および『日本書紀』(以下『記』『紀』、合わせて『記紀』)に記録されたものが、現在伝えられる最古のもの。 『記』が少し早くて和銅五年(712)、『紀』がその八年後の養老四年(720)、ほとんど同じ頃の成立だ。じつは『記紀』は共にそれまで各氏族に伝わっていた […]

はじめに 天日槍(あめのひぼこ)の謎

 はじめに 但馬に暮らす人々にとって、アメノヒボコを知らない人はまずいないであろう。 但馬の国はどのように誕生し、我々祖先はここに暮らしてきたのか? そのひとつのキーマンとしてまずあげられるのがアメノヒボコだろう。 『アメノヒボコ-古代但馬の交流人』(瀬戸谷晧・石原由美子・宮本範熙共著 神戸新聞総合出版センター 1997.7.10 第一刷)には、「江戸時代にも中央の学者はいうにおよばず、いままでみ […]

第2章 1.天日槍ゆかりの神社にみる足取り

天日槍(以下、ヒボコ)は但馬出石に安住の地を決めるまで、どういう足取りを辿ったのか。 『日本書紀』、『播磨国風土記』にその足取りが記されている。 『日本書紀』ではまとめると次のルートである。 新羅-伊都国-播磨国宍粟邑-宇治川-近江国吾名邑-若狭国-但馬国 近江国と天日槍 足取りを残すようにゆかりの神社がある。 1.播磨国 宍粟 式内御形神社 中殿 葦原志許男神(アシハラノオ) 左殿 高皇産靈神( […]

第2章 2.天日槍と伊和大神の国争い

奈良時代に編集された播磨国の地誌『播磨国風土記』(国宝)の成立は715年以前とされている。原文の冒頭が失われて巻首と明石郡の項目は存在しないが、他の部分はよく保存されており、当時の地名に関する伝承や産物などがわかる。ちなみに『風土記』とは奈良時代に地方の文化風土や地勢等を国ごとに記録編纂して、天皇に献上させた報告書。写本として現存するのは、『出雲国風土記』がほぼ完本、『播磨国風土記』、『肥前国風土 […]

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