北近畿鉄道物語

鉄道敷設ラッシュ

  1. 鉄道敷設ラッシュ
  2. 国鉄山陰本線
  3. 山陰本線の列車
  4. 播但線
  5. 福知山線・舞鶴線
  6. 宮津線・タンゴ鉄道
  7. 余部橋りょう
  8. 国鉄からJRへ
  9. JR山陰本線
  10. 北近畿ビッグX
  11. かにカニ エクスプレス
  12. JRのCM
  13. 他の交通機関
  14. 北近畿鉄道年表

日本最初の高速産業道路というべき馬車専用道路が、当時日本三大鉱山としての生野銀山(兵庫県朝来市生野町)と飾磨(しかま:姫路市)港の間、約49kmに1876年(明治9年)開通した。官設の馬車道で、生野鉱山道とも言う。

日本の鉄道開業は、日本初の鉄道路線である新橋駅~横浜駅間が、1872年(明治5年)9月12日だ。兵庫県と京都府は、日本初の鉄道である東海道本線の終点駅となった神戸から延伸する山陽鉄道(現JR山陽本線)を皮切りに鉄道建設がさかんで、国鉄路線として継続された播但線、山陰本線、舞鶴線、福知山線、宮津線などの他に、廃線となったものも多い。
北近畿とは、京都府丹波・丹後、兵庫県但馬をさす言葉である。鉄道が地域の人々に何をもたらしたのか、その時代と社会の動きを調べてどのような結果を生みだしたのかを考えてみる。

鉄道敷設ラッシュの北近畿

  • 阪鶴鉄道 大阪から福知山を経て舞鶴を結ぶ鉄道を運行していた鉄道会社。(現JR福知山線)
  • 京都鉄道 1893年(明治26年)に設立された民営鉄道。現在の山陰本線の前身にあたる路線の一部を建設、運営した)
  • 山陽鉄道 (JR山陽本線の前身)、播但線(姫路~新井間は播但鉄道により開業し、新井~和田山間は播但鉄道を買収した山陽鉄道により開業)、篠山軽便鉄道、国鉄篠山線、加古川水系の舟運を代替する目的で設立された。
  • 播州鉄道 の路線を受け継ぐ国鉄時代の国鉄加古川線(現JR西日本)と支線、国鉄鍛冶屋線、国鉄三木線(三木鉄道)と国鉄北条線(北条鉄道)
  • 国鉄高砂線、別府鉄道、土山鉄道、兵庫電気軌道、国鉄福知山線(尼崎港線)他に、北近畿では以下の路線があった。

出石鉄道出石町(現在の豊岡市出石町)~山陰本線の江原11.2km1929(昭和4年)7月1970年(昭和45年)7月当初、山陰線は軍港舞鶴と豊岡を鉄道でつなぐという構想でスタートした(鉄道敷設法)。山陰線が舞鶴~豊岡というキーワードで始まったため、丹後地区が敏感に反応し期成同盟などの取組があったが、どうやら海岸線は艦砲射撃にやられるというような発想があったらしく福知山経由となったようだ。

北近畿の廃線の歴史
名 称 区間・路線距離 開業 廃線 備 考
京都府 北丹鉄道 国鉄福知山駅から加佐郡大江町(福知山市大江)12.4km 1923年(大正12年)9月 1974年(昭和49年)2月 河守鉱山の輸送用として建設。北部の開設は、軍港舞鶴への輸送のためのもので、終戦・閉山・道路整備のために廃線となった。
加悦鉄道 与謝郡野田川町(現・与謝野町)の丹後山田~加悦5.7km 1940年(昭和15年) 1985(昭和60年)
ウィキペディア大江山ニッケル鉱山への貨物専用線が開業し、1942(昭和17)年には丹後山田駅から北東の岩滝町にある精錬所(日本冶金大江工場)への専用線も開通した鉱山鉄道。
国鉄舞鶴港線 西舞鶴~舞鶴港1.8km 1907年(明治40年) 1999(平成11年) 出征者や戦場からの引揚者を運んだ。
国鉄中舞鶴線 東舞鶴~中舞鶴3.4km 1919年(大正8年) 1972年(昭和47年) 、舞鶴鎮守府の兵員ならびに軍需資材の輸送を主な使命とし、舞鶴港線とともに国策として建設。軍港引込み線として開設。
兵庫県 生野鉱山寮馬車道 生野と飾磨港約49km 1873年(明治6年) 1888年(明治21年)5月31日 鉄道ではありませんが、「銀の馬車道」と呼ばれ、鉱石を運ぶために造られた日本最初の高速産業道路。あら石、小石、玉砂利の順に敷きつめる技術は「マカダム式」と呼ばれ、当時のヨーロッパの最新技術を導入
篠山鉄道 篠山口駅から篠山町 1915(大正4年) 1944(昭和19年) 国鉄の篠山駅(現在の篠山口駅)は篠山町の中心市街地から遠く離れた場所に位置しているため、同駅と中心市街地を結ぶ交通機関として建設された。しかし戦時中の1944年、同じく篠山口駅を起点として篠山町を通る国鉄篠山線が開通したのと同時に廃止された。
国鉄篠山線 篠山口駅から福住17.6km 1929(昭和4年) 1972(昭和47年) 太平洋戦争中、丹波地方で産出されるマンガン輸送と、海沿いを通るため海からの攻撃が懸念された山陽本線のバイパスとして福知山線の篠山駅(現在の篠山口駅)と山陰本線の園部駅を結ぶ目的で建設された。終戦を迎え、福住~園部間の建設は中止された。
明神電車(めいしんでんしゃ) 神子畑(みこばた)~新井(国鉄播但線)約6km 1929(昭和4年)4月 1985(平成3年)11月
神戸新聞 養父市大屋地域局提供、1986年ごろ撮影
鉱石の輸送を目的に敷設された。本来は神子畑-新井(国鉄播但線)間の下部軌道とワンセットの上部軌道に位置づけられていたが、道路整備で下部軌道は早期(1957年)に廃止され、上部軌道に当たるこちらのみが残された。鉱石列車のほかに、鉱山関係者の便宜を図って人車も1945年から運行された。この時、当初は運賃無料であったのが、1949年から50銭、1952年から1円を徴収するようになった。従業員利用の「1円電車」で、料金は廃線まで変わらなかった。なお、登山客へも10円の料金を徴収して開放していた事がある(私は小学生の時に一度乗ったことがあります)。電気機関車・客車などの車両が公開保存されている。円高の進行で錫鉱山としての明延鉱山の競争力が低下し、閉山となったため、廃線となった。

日本の鉄道

日本の鉄道は、明治2(1869)11.10、鉄道建設の廟議決定のよって、東京と京都・大阪・神戸の間、すなわち日本の屋台骨となる三府を結ぶ路線と、日本海側の貿易都市である敦賀へ米原から分岐して至る路線を敷設しようとしていました。

    • 1872年(明治5年)、品川駅~横浜駅(現、桜木町駅)間で仮営業を開始したのが日本初の営業用鉄道。
      旧暦9月12日(グレゴリオ暦では、10月14日)に新橋駅(後、汐留駅・現在廃止)~横浜駅間が正式開業(その翌日に旅客営業が開始された)。1922年(大正11年)に10月14日は「鉄道記念日」へ指定されました。
    • 1874年(明治7年)8月1日、大阪駅~神戸駅間で、日本初の往復乗車券が販売される。1880年(明治13年)11月28日、北海道初の鉄道として、官営幌内鉄道開業。これはアメリカの技術によって建設され、車両などもアメリカ式でした。
    • 1880年(明治13年)11月28日、北海道初の鉄道として、官営幌内鉄道開業。
    • 1881年(明治14年)8月、日本初の私鉄として日本鉄道が創業。日本鉄道は、日本初の私鉄であり、現在の東北本線や高崎線、常磐線など、東日本の東日本旅客鉄道(JR東日本)の路線の多くを建設・運営していた会社です。
    • 1882年(明治15年)3月1日、新橋駅~横浜駅間で、急行列車が運行開始。
    • 1885年(明治17年)3月1日、日本鉄道品川線(現、山手線・赤羽線)開業。品川駅で国有鉄道と貨車に関して直通運転を行う。これが日本初の他鉄道事業者間の直通運転。
      1885年(明治17年)、日本鉄道(半官半民)・東京馬車鉄道に次いで日本で3番目の私鉄として阪堺鉄道(純民間資本としては現存する日本最古の私鉄である現、南海電気鉄道)が難波、大和川(後に廃止)間を開業。
    • 1887年(明治19年)1月1日、日本初の定期乗車券が販売開始される。
    • 1887年(明治19年)12月、北海道初の私鉄として、釧路鉄道開業。
    • 1888年(明治21年)10月28日、伊予鉄道により、四国初の鉄道が松山駅(現、松山市駅)~三津駅間で開業。
    • 1889年(明治22年)5月10日、2ヵ月後の新橋駅~神戸駅間を結ぶ鉄道の全通に備え、官営鉄道で列車便所の導入が開始される。
    • 1889年(明治22年)7月1日、現在の東海道本線にあたる、新橋駅~神戸駅間が全通。
    • 同12月11日、九州初の鉄道として、九州鉄道が博多駅~千歳川(仮)駅間を開業。
    • 1892年(明治25年)6月21日、国鉄の整備予定路線を定めた、「鉄道敷設法」公布。
    • 1893年(明治26年)4月1日、信越本線碓氷峠区間の横川駅~軽井沢駅間が開業(日本初となるアプト式とよばれる車両とレールの間を歯車でかみ合わせる方式。現在は廃止)。
    • 1887年(明治20年)1月、山陽鉄道設立。
    • 1888年(明治21年)11月1日に兵庫-明石間が開通し、12月23日には、明石-姫路間が開通した。翌年の1889年(明治22年)9月1日に神戸-兵庫間が開通。これが兵庫県で最初の私鉄。
    • 1895年(明治28年)2月1日、日本初の電気鉄道として、京都電気鉄道開業(路面電車、後の京都市電)。
    • 1899年、六郷橋~大師間に路面電車を開業させた大師電気鉄道(現:京浜急行電鉄大師線)は、日本で初めて標準軌を採用。
    • 1903年(明治36年)8月22日、馬車鉄道の東京馬車鉄道が動力を馬から電気に改めることで誕生した東京電車鉄道(東電)が、品川、新橋間を開業。
    • 1905年(明治38年)4月12日、阪神電気鉄道(現、阪神電鉄)の大阪(出入橋)~神戸(雲井通)間が開業。路面電車と同じ軌道として建設された都市間高速電車であった。以後、京阪電気鉄道(現、京阪電車)・京浜電気鉄道(現、京浜急行電鉄)など類型の私鉄会社が次々と誕生することになる。
    • 1906年、「鉄道国有法」公布。
    • 1910年(明治43年)3月10日、箕面有馬電気軌道(現、阪急電鉄)が、現在の宝塚線・箕面線に当たる路線を開業る。
    • 1910年(明治43年)9月16日、大阪と奈良を結ぶ路線を敷設すべく奈良軌道として設立。同年10月に大阪電気軌道に改称。
    • 1912年(明治45年)6月11日、京都市電気軌道事務所によって4路線7.7kmの運行が開始された。なお、軌間は京都電気鉄道が1067mmの狭軌を採用していたのに対し、市は1435mmの標準軌を採用した。1918年(大正7年)7月1日、京都電気鉄道は消滅、全面市営化。
    • 1917年5月23日~8月5日、横浜線原町田駅(今の町田駅)~橋本駅で、途中の淵野辺駅を境に三線軌条ないし四線軌条方式による改軌実験が行われた。狭軌から標準軌への改軌実験は、これが初めてであった。

列車画像の一部はウィキペディアからお借りしています。

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